プロローグ

20××年、秋。
俺は翻訳機を片手に苦手な英語で手紙を書いていた。
もう俺の話を真剣に聞いてくれるのはここしかない。
宛先は、ナサ。そう、アメリカ航空宇宙局ーNASAーだ。

「俺は、宇宙人に誘拐されました。」

吹き込んだ言葉に反応して翻訳機の画面に英文が現れる。
宇宙人の訳はalienと表示されていた。
エイリアン。その言葉に違和感を覚え、ペンを走らせる手が止まった。
いや、間違いない。疑う余地はない。
気を取り直して再びペンを走らせた。

書き終えた手紙を入念に読み返しながら、どこかに記憶の糸口が無いかとあの出来事を思い返す。

毎年恒例となっているのだが、俺は夏休みの大半をじいちゃんの研究所で過ごしていた。
嘘か真かは知らないが、じいちゃんは昔、NASAの研究員だったらしい。
宇宙船の研究・開発に携わっていたというじいちゃんの知識や技術は相当なモノだから、
どこかで研究をしていたのは本当だろうと思う。
そういえば1度、なんで辞めたんだと聞いた事があった。
定年には早すぎる年齢で、山奥の小さな研究所で1人小さな宇宙船を作っていたからだ。
俺の予想では大学か民間企業の研究員で、
よくある大人の事情ってやつで辞めさせられたんじゃないかと考えていた。
人が良いじいちゃんらしいと思うし、
それでも夢を追い続けるじいちゃんに憧れていたから本当の話を聞きたかった。
大学でも民間企業でも、宇宙船の開発なんて十分すげえじゃんか。
そう伝えたかった。

「石に・・・魅せられたんだよ」

ラボのパソコンの前で作業をしていたじいちゃんは手を止め
もう20年近く作り続けている宇宙船を見つめた。
その姿とセリフがかっこ良くて、俺は増々じいちゃんへの憧れを強くした。
その一言で会話は終了したけど、石ってじいちゃんの隕石コレクションの事だよな・・・?
今更ながら疑問が浮かんできた。

いや、じいちゃんの話は今は関係ないんだ。
例によって今年も夏休みはめいっぱい研究所に滞在していた。
忘れもしない、7月29日。
日本列島には10年に1度の大型台風が接近していて、
台風に備え、じいちゃんは朝から買い出しに出ていた。
研究所の付近には店はおろか民家もなく、
買い出しには車で片道3時間程の麓の町まで行かなければならなかった。
昨日の予報から急速に速度を早めた台風は、
あっという間に本土に上陸し、猛威を奮っていた。

ラボの点検とシャッターの確認を終えた俺は、ぼんやりと台風情報に耳を傾けていた。
西日本を中心に土砂崩れや突風のニュースが絶えない。
この辺りもいよいよ本格的に暴風圏に入り、周囲の木々が音を立てている。
だんだんと強くなる雨音に不安になり、じいちゃんに連絡を入れた。
会話は詳しく覚えていないが、こっちは大丈夫だから台風が過ぎるまで町に滞在してくれ、
というような話をした。

夕方頃だったろうか、ソファでうたた寝をしていた俺は地響きと轟音に飛び起きた。
起き上がった瞬間、壁に投影したままの台風特番で気象衛星の映像が
映し出されているのが目に飛び込んで来た。
まるでこの研究所を中心に台風が発生しているかのような映像だ。
外では激しい雨風が吹きすさんでいる。
だが、さっきの音はただの風や雨の音ではない。
かなり近いように感じたが、土砂崩れだろうか。
昼間のニュース映像が思い返される。
不安を胸に窓に近付きカーテンを開けた。

だめだ。何度思い返してもここで記憶が途切れる。

次の記憶はそれから5日後。
じいちゃんが涙ぐみながら俺の顔を覗いて、何度も謝っていた。
やはり土砂崩れがあり、5日間戻ってこれなかったらしい。
各地の被害もかなり深刻で、他に住人のいないこの研究所は救助が後回しにされたそうだ。
救助隊が駆けつけた時には俺は、ソファで意識を無くしていた。
すぐに病院に運ばれたが幸い異常は見つからず、
災害のショックで気絶した、というなんとも情けない診断を下された。

だが、俺はどうしても納得できなかった。

まず第一に、土砂崩れが起きた場所だ。
確かにこの土砂崩れにより麓から研究所への道が遮断されたが、
それは丁度研究所と麓の中間辺りで、
迫り来る土砂に恐怖したわけでも家が押しつぶされたわけでもなかった。
それなのに気絶する程のショックを味わったとは考えにくい。

第二に、食料や備蓄品が消耗している。
生鮮食品は買い出さなければ無いのだが、
万が一のため研究所には2人で2週間分の保存食や災害用品を常備している。
もしあの時気絶してそのまま5日過ぎたのなら、それらが減っているのはおかしい。
しかも減り方が俺一人とは思えない程消費されていたのだ。

そして第三に、ラボに何者かが侵入した形跡がある。
それに気付いたのは平静を取り戻しつつあった、夏休みが終わる直前の事。
パソコンのデータを整理していて発見した、見覚えのないファイル。
何気なく開くとそこには見た事もない宇宙船らしきものの図面や、
俺には到底理解できない計算プログラムが数十、いや、数百も保存されていた。

まさか、じいちゃんがこんなモノを持っているなんて。
じいちゃんは昔本当にNASAに務めていて、
実はこのデータを悪用しようとした権力者から世界を守るために
こんな山奥に身をかくしているんじゃ!?
なんてハリウッド映画のようなストーリーが頭に浮かんだ。

俺は宇宙船の中から工具を持って出て来たじいちゃんに、震える声を押さえながら話し掛けた。

「なあ、じいちゃん、このパソコンのかなり奥の階層に、すごいファイルがあるんだけど・・・?」
「すごいファイル?」

すごいファイル。
そりゃあ何の事だか伝わるわけもない。
だが他にどんな表現をしていいかも分からず俺は画面を指差した。
ゆっくり階段を降り画面に目を向けるじいちゃんの表情をじっくりと観察する。
その目は大きく見開かれ、驚きが見て取れた。
やっぱり、そうなのか!?俺の心臓は高鳴った。

「な、なんだ、これは・・・!?」
「は?え!?違うの!??」

俺の言葉は耳に入ってないらしい。
興奮を隠しきれず、パソコンの投影映像を食い入る様に見て、次々スライドさせていく。

「一体このデータ、どうしたんだ!?」

映像から目を離さずそう言った。・・・俺が聞きたい。

「いや、このパソコンに元々入ってたみたいだけど?見覚えないの?」
「まさか!こんな技術、見た事もないぞ・・・?」

ようやく画面から目を離したじいちゃんと、俺の目が合った。
再び映像に目を戻し、保存した日付を確認する。
8月2日。時刻は午前10時23分。

その日の午後、俺は救助されたんだ。
再び二人の目が合った。

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